名古屋高等裁判所金沢支部 昭和42年(ネ)11号 判決 1968年5月22日
控訴人 中野松禅
右訴訟代理人弁護士 斎藤弥生
被控訴人 越田キミ子
<ほか一名>
右被控訴人両名訴訟代理人弁護士 北尾幸一
同 北尾強也
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の申立
一、控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求め、
二、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
≪以下事実省略≫
理由
一、被控訴人ら主張の請求原因事実中、原判決添附目録(一)、(二)記載の物件(以下本件各物件ともいう。)は、もと訴外亡中野きくいの所有であったが、右訴外人は、昭和三二年五月二七日死亡し、夫の訴外中野松巌が一五分の五、子の被控訴人越田キミ子、同小神二郎、控訴人中野松禅、訴外笹山忠松、同中野勝が各一五分の二の各割合で右各物件を共同相続したこと並びに本件各物件について、被控訴人ら主張どおりの控訴人単独名義の所有権移転登記がなされていることは、いずれも当事者間に争いがない。
二、そこで、控訴人主張の抗弁について検討するに、
(一) 控訴人は、第一に、本件各物件については、前記共同相続人らの間において、被控訴人両名については訴外前田正照がこれを代理し、控訴人主張の如き遺産分割の協議が成立したものである旨を主張するので、まず右主張について判断するに≪証拠省略≫によれば、被控訴人らと控訴人間には、被相続人亡中野きくいの遺産分割をめぐって紛争があり、被控訴人越田キミ子が昭和三九年六月頃前田正照に、本件各物件を被控訴人らの相続物件として、控訴人から取り戻してもらうよう依頼したところ、前田正照は、同年九月五日頃、被控訴人らの代理人名義で控訴人を含むその余の共同相続人らと、本件各物件は総括的に控訴人が相続し、その所有権を取得する旨の遺産分創の協議をなすに至ったものであることが認められ、他に右認定を左右し得るような証拠もない。
しかしながら、前田正照が、右認定の遺産分割の協議をなすについて、果して被控訴人らの適正有効な代理権を有していたか、どうかについては、被控訴人越田キミ子の関係においてはともかく、少くとも被控訴人小神二郎の関係においては、本件の全証拠を検討するも、これを積極に認定すべき証拠は何もないばかりか、むしろ原審及び当審における被控訴各本人尋問の結果並びに左記の如き乙第三号証、同第四号証の一についての説示理由等を合せ考えれば、被控訴人小神二郎は、前田正照に対し、本件遺産分割に関しては、何らの代理権も授与していなかったものと認めるのが相当である。
控訴代理人は、被控訴人小神二郎の右代理権授与の証拠として、乙第三号証、同第四号証の一の各委任状を提出するが、(イ)右乙第三号証の委任状は、その記載自体から明らかなように、委任者の被控訴人小神二郎が未成年であるため、被控訴人越田キミ子が、昭和三九年六月三〇日付で、その後見人として、前田正照に本件遺産分割に関する一切の代理権を授与したことになっているが、≪証拠省略≫によれば、被控訴人小神二郎は、当時すでに成年に達していたことが明らかであり、他に被控訴人越田キミ子が右授権につき被控訴人小神二郎を代理する権限を有していたことを認め得るような証拠もないから、いずれにしても、右乙第三号証をもって被控訴人小神二郎の適正有効な委任状とはなし得ないし、(ロ)また乙第四号証の一は、昭和三九年七月三一日付の被控訴人小神二郎の前田正照に対する委任状になっているが、その記載内容自体から明らかなように、委任事項が定かでないばかりでなく、原審及び当審における被控訴人各本人尋問の結果並びに当審における鑑定人加地甚蔵の鑑定結果によれば、右乙第四号証の一の委任状は、被控訴人小神二郎の署名捺印にかかるものでないことは勿論のこと、同人の意思に基いたものでもなく、それは、第三者が右被控訴人の印章を冒用して作出した偽造文書と認めるのを相当とし、これに反する当審証人前田正照、当審における控訴本人の各供述は、前記各証拠に比照して到底信用することができないし、他に右認定を左右するに足る証拠もないから、結局右乙第四号証の一も、またこれをもって控訴人主張の代理権授与の証拠とはなし得ない。
(二) そこで次に、控訴人の表見代理の抗弁について考えてみるに、控訴人は、前田正照が被控訴人らの代理人としてなした前記遺産分割の協議は、民法第一〇九条若しくは同法第一一〇条の表見代理行為であり、被控訴人らは、その責任を負わなければならない旨を主張するが、被控訴人越田キミ子の関係においてはともかく、少くとも被控訴人小神二郎の関係における限り、同被控訴人が、本件遺産分割の協議に関し、前田正照をその代理人とする旨を控訴人及びその余の共同相続人らに表示したことを確認できるような証拠は全く存在しないし、また右被控訴人が、前田正照に対し、民法第一一〇条の成立要件たる何らかの基本代理権を授与した事実のないことも、上来認定のとおりであるから、少くとも被控訴人小神二郎の関係においては、控訴人主張の如き表見代理の成立する余地はなく、したがって、同被控訴人に関する限り、控訴人の右抗弁もまた失当たるを免れない。
三、果して以上説示の次第であってみれば、控訴人主張の本件遺産分割の協議は少くとも共同相続人の一人たる被控訴人小神二郎の参加、その同意なくしてなされたものというべきところ、本来遺産分割の協議は、共同相続人全員の協議とその同意がなければ成立しないものと解すべきであるから、結局控訴人主張の本件遺産分割の協議は、その余の判断を俟つまでもなく、その成立をみなかったものといわなければならない。
してみれば、本件遺産分割が有効に成立したことを原因としてなされた本件各物件に対する控訴人単独名義の所有権移転登記は、もとより不法といわざるを得ない。
しかしながら、他面本件においては、本来控訴人も、共同相続人の一人として、本件各物件に対し、一五分の二の共有持分を有していることは、さきに説示のとおりであるから、右所有権移転登記も、右共有持分の限度においては、実体的権利関係に符合する有効なものと解すべく、したがって、被控訴人らも、その請求どおり右登記の全部抹消まで求め得るか、否かについては、いささか疑問の余地がないではないが、当裁判所は、本件の如く、いまだ他の共同相続人の単独所有名義に登記されているだけで、右登記の抹消により、当該不動産に対する第三者の正当に取得した権利を害する虞のない場合には、右登記名義人以外の共同相続人は、その共有持分に基いて、右不法登記の全部の抹消を求めることも許されるものと解する(大正八年一二月二五日大審院判決、民録二五輯二三九二頁、同九年一二月一七日大審院判決、民録二六輯二〇四三頁各参照)を相当とするから、結局本件の被訴控人らも、前示の如き不法な本件所有権移転登記の抹消登記手続を求め得るものというべく、したがって、被控訴人らの本訴請求は、その理由あるものといわなければならない(ちなみにこの点に関する昭和三八年二月二二日最高裁判決、民集一七巻一号二三五頁も、本件の如く他の共有者の単有名義に登記されているだけで、いまだ第三者に権利の移転がなく、したがって、第三者の正当に取得した権利を害する虞のない揚合においても、共有名義の更正登記のみを許し、登記全部の抹消を許さない趣旨であるとまでは解せられない。)
四、よって右理由ある被控訴人らの本訴請求を認容した原判決は結局相当というべく、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条によって、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 沢田哲夫 裁判官 島崎三郎 石田恒良)